○いのちを支える九つの法則
第一の法則が開いていくと第二の法則となり、次に第三の法則へ…。実はやっているのは第一の法則『与える法則』だけなのです。
そのときそのときに最もベストな何かを与える。それがこの法則の全てです。
○与える法則
相手が与える相手かどうかを見てから与えると、与えるに制限があるので受けるのに制限が出てきます。与えているのになかなか豊かにならないというのは、豊かに与えないからです。
与えるということは何かの移動と考えられます。例えば、お茶がこっちから向こうへ行くこと。受け取ってくれる人がいないと与えたということにならないんですね。だから関係性の中で与えるという行為が成り立ちます。
存在は溢れているだけです。受け取るとか受け取らないとか、そこでは関係ありません。例えば太陽にしても照っているだけですね。相手がいてこそ与えるになる。だから関係性を否定すると、この「善の種」は蒔かれません。
いのちを支える法則の第一義に「与えることは得ることである」と入っているのですが、これは関係性ということを正当とした場合に成り立つことで、関係に悩むこと自体が不自然です。すべて楽しむのが本来です。
○与えることはサイクルしていること
自分から溢れたものが回りまわって自分に戻ってきているだけ。自分は与えるだけ。他人が自分に与えてくれる。これが普通で、それが完成された人間です。ほかにも完全な知識を習得すると完全な知識が溢れるので、与えたことになるということもあります。
○与えることは常ですが、与えるということが全てではない
いかにどう与えるのかが大事なので、今ではないと思ったら与えてはいけないんです。それも与えないを与えることになります。幼稚園児に自由にのびのびと望むだけ与えたらどうなるか…、手がつけられなくなってしまいますよね。
そういうものと一緒で、何を与えるかは「与えるべきものを与える」と決まっています。与えたことで安心をとるとか、気休めをすることではありません。
○与えるべきもの
与えるべきものとは正しいものを与えるということ。正しいものを与えるということは、一時ではなく長い間喜びが拡大するということです。そうなるように今の自分の与えるがどのような結果をもたらすのかをきちんと観て、計って、与えるということをしていくことが大事です。
『第一の法則 与える法則 与えることは受けること』
ron:do あいのある暮らし Vol.9より抜粋


